続・信託型ストックオプションの課税関係
前回、信託型ストックオプションは、新株予約権を時価で取得するのだから、新株予約権を行使して取得した株式は、売却されるまでは、(含み益があっても)課税されず、かつ、株式の売却だから譲渡所得になるという理論構成に対し、これを真っ向から否認する所得税法の規定があることを説明しました(所得税法施行令84条3項)。
新株予約権を時価で取得しても(有償取得)、役員や従業員が労務の対価として新株予約権を与えられたのなら、権利行使時(株式取得時)に課税するという規定です。
この条項は、平成18年の会社法の改正で新株予約権を柔軟に発行できるようになったことを受けて定められたものです(当時は施行令84条3項4号)。
信託型ストックオプションは、法人課税信託を使った仕組みです。
信託税制には、受益者課税信託という制度があります。受益者課税信託とは、信託財産とそこから生ずる損益(収益費用)は、受益権の割合に応じて、各受益者に帰属するという税法の考え方です。
受益者課税信託では、受益者や税法上受益者とみなされる特定委託者、みなし受益者のいずれも存在しないので、信託財産から生ずる損益(収益費用)の帰属者と信託財産を有しているとみなされる者が特定できません。
とはいえ、信託財産は受託者により管理運用され続けるので、信託財産から生ずる損益に課税しないと不都合が生じます。
そこで、信託からの損益を一塊にして、法人税を課税しようというのが法人課税信託の規定です(受託者が法人税の申告を行います。)。
法人課税信託は受益者等のいない信託から生ずる損益について、とりあえず法人税を課税する仕組みなので、後日、受益者が登場すると受託財産の簿価を受益者が引継ぐ仕組みを持っています。
この簿価の引継ぎを持って、新たな受益者である役員や従業員は「有償で」新株予約権を取得したとする見解があるのです。
しかし、役員や従業員は自らのお金を全く払っていないので、新株予約権を時価で取得した者であると主張するのは無理があります。
その結果、信託型ストックオプションでは、役員や従業員は新株予約権を無償で取得したと認定される可能性がとても高いのです(後述、「信託型ストックオプションの流れ」参照。)。
新株予約権を無償取得したら税制適格ストックオプションを適用できないと自動的に権利行使時に課税されます(租特法施行令第19条の3第1項)。
税制適格ストックオプションは、例えば次のような要件があり(適用要件を全部列挙すると大変なので、一部だけ記載します)、これらの要件を具備しないと非税制適格ストックオプションとされ、権利行使時に課税されます。
結局、信託型ストックオプションは無償ストックオプションだから権利行使時(株式を取得した時)に課税されると説明することもできるのです。
参考(法人課税信託)
本件は、そもそも、役員や従業員が労務の対価として受け取った新株予約権は、権利行使時に課税されるので(所得税法36条2項、所得税法施行令84条3項)、議論の実益はないのですが、税制の無理解からか法人課税信託の仕組みを使えば役員や従業員がお金を使わずに有償取得しているから権利行使時には課税されないとする主張を意識して解説しました。