個人に対する負担付遺贈
負担付遺贈とは、受遺者に対し一定の給付をなすべき義務を負担させる遺贈である(民法1002)。負担はそれが履行されるまで遺贈の効力を停止させるものではないから停止条件ではないし、負担の不履行によって遺贈の効力を当然に消滅させるものではないから解除条件でもなく、遺贈の付款たる性質を有する。包括遺贈でも特定遺贈でも負担を付すことができる。負担の利益を受ける者にも制限はなく、相続人でも第三者でも事情によっては不特定多数の一般公衆でもよい。
負担の利益を得る者は負担の履行を請求する直接の権利を取得するものではないから負担の履行を請求する権利は相続人又はその代理人である遺言執行者だけが有する(民法1027)。負担付遺贈の効力は、一般の遺贈と同様に遺言者の死亡の時から生ずる(民法985①)。負担が履行されなくとも遺贈が当然に無効とはならない。受遺者が負担を履行しないときは、相続人又は遺言執行者は、履行請求の訴えを起こし確定判決を得て履行を催告することもできるが、それとは別に、期間を定めて履行を催告し、その期間内に履行がないときは、遺言の取消しを求めて家庭裁判所に請求することができる(民法1027、家審9①甲類38号)(1)。
(1)『親族法相続法講義案(六訂再訂版)』p.350以下。
負担の内容は必ずしも金銭的価値のあるものでなくても良いが、法律上の義務でなければならない。遺贈財産を上回るような負担付遺贈は無効である。負担が不能、不確定、不法であるときは無効となる。負担が無効となるときに遺言自体の効力がどうなるかは遺言書の解釈(遺言者の意思解釈)の問題である。遺言者において負担が無効になるなら遺贈を行わなかったであろうと認められるときは、遺贈そのものも無効と解することになる。負担だけが無効と認められる場合は、遺贈は負担のない遺贈となる。受遺者は負担付遺贈を放棄できる(民法986)。受遺者が遺贈を放棄したときは、遺言に別段の意思表示がない限り、受益者が自ら受遺者となることができる。この場合の受遺者も遺贈の承認、放棄をすることができる(民法1002②)。
受遺者は遺贈の承認により目的物を取得すると同時に負担の履行義務を負う。受益者は相続人でも第三者でもよい。法人や人格なき社団・財団でも受益者となることはできる。
受遺者は遺贈により財産を取得したのであるから相続税の納税義務者となる(相法1)。受遺者の相続税の課税価格は、負担付遺贈により取得した財産から負担を控除した価額となる(相基通11の2-7)。負担付遺贈に基づく負担の利益が受益者に帰属するときはその受益者が負担に相当する金額を遺贈によって取得したものとして相続税が課税される(相基通9-11)。
受遺者は負担付遺贈により取得した財産の価額(負担がなかったものとした場合における評価額)を相続税の申告書第11表≪相続税がかかる財産の明細≫に記載し、負担額は11表にマイナス表示して申告書を作成する(負担額は相続債務ではないから13表に記載しない。)。遺贈目的物の評価額は相続税評価額である(2)。
(2)負担付贈与通達の適用はない。
マイナス表示した負担額は、受益者が取得した財産として11表に課税財産として記載する(相基通9-11)。負担が特定の者の利益に帰するときは、受益者の態様により次のとおりとなる。
- 個人は前述の通り相続税の納税義務者となる。
- 人格なき社団・財団は相続税の納税義務者となる。
- 国又は地方公共団体は相続税の納税義務者とならない(法人税も非課税)。
- 持分の定めのない法人は相続税の納税義務者ではないが、遺贈者の親族及びその特別関係者らの相続税が不当に減少するときは個人とみなされ相続税が課税される(法人税等は控除)。
- 営利法人の場合は法人税が課税される(法法22②)。営利法人に対する遺贈により株式又は出資の価額が増加した場合には株主等に相続税が課税される(相法9、相基通9-2)。
負担付遺贈において、特に注意が必要なのは個人に対する負担付遺贈が特定遺贈である場合には、譲渡所得が生ずることがある点である。
意外に思われる方が多いであろうが、遺贈は所得税法33条《譲渡所得》に規定する「資産の譲渡」に該当する。負担付遺贈が特定遺贈である場合、負担付贈与と同様に「負担部分が遺贈者及び相続人に対して何らかの経済的利益をもたらすもの」であるならば、負担に相当する経済的利益は所得税法の収入金額にあたり、譲渡所得の課税対象となるのである。
所得税法33条に規定する「譲渡」とは、通常、法律行為による所有権の移転と解されているので、相続のように一定の事実(相続)に基づいてその効果(権利、義務の包括的承継)が生ずるものは含まれないが、贈与、遺贈による資産の移転は同条に規定する「譲渡」に該当する(3)。遺贈は、遺贈者の死により効力を生ずるが、相続のように一定の事実に基づいて権利、義務の承継が自動的に生ずるものではないので、遺贈そのものが所得税法の規定する譲渡に該当するのである。
(3)『所得税基本通達逐条解説(平成21年版)』p.644。
負担付遺贈におけるk負担が遺贈者(資産の譲渡者)及び相続人に対し経済的利益をもたらす場合は、その経済的利益を収入金額とする「資産の譲渡」に該当するのである(所法33、36①)。
時価100の土地建物甲を遺贈するが、負債40を負担せよという負担付遺贈において、土地・建物甲の取得価額が10である場合、10で取得したものを40で譲渡すると30の譲渡所得が発生する。遺贈者に生ずる譲渡所得であるから準確定申告が必要となる。また、相続税評価額(仮に土地・建物甲の相続税評価額も100であるとすると)100から40を控除した60が相続税の課税対象となる。
【参考】
個人に対する負担付遺贈における譲渡所得課税は、所得税法33条《譲渡所得》と36条《収入金額》の規定により行われる。無償の譲渡を時価で譲渡したとみなす所得税法59条《贈与等の場合の譲渡所得等の特例》1項1号を考慮する余地はない。同条は法人に対するもの及び個人に対する包括遺贈のうち限定承認に係るものに限定されている。
なお、個人に対する対価を伴わない単純な遺贈では、遺贈財産全てについて相続税が課税される(相法1の3)ので、受遺者は遺贈者の取得時期と取得価額を引き継ぐ(所法60①)。これに対し、負担付遺贈では、原則として受遺者(実質譲受者)は支払った対価で当該資産を取得したのであるから、実際に支払った金額が当該資産の取得価額となる。ただし、譲渡価額(負担付遺贈の負担額)が、時価の二分の一未満であり、かつ、遺贈者の取得価額を下回る場合(譲渡損失が計上される場合)は、譲渡者(遺贈者)の譲渡損失はなかったものとみなされ、譲渡者(遺贈者)の取得時期と取得価額は譲受者(受遺者)に引き継がれる(所法60①、所基通60-1)。
■所得税法59条《贈与等の場合の譲渡所得等の特例》
次に掲げる事由により居住者の有する山林(事業所得の基因となるものを除く。)又は譲渡所得の基因となる資産の移転があった場合には、その者の山林所得の金額、譲渡所得の金額又は雑所得の金額の計算については、その事由が生じたときに、その時における価額に相当する金額により、これらの資産の譲渡があったものとみなす。
一 贈与(法人に対するものに限る。)又は相続(限定承認に係るものに限る。)若しくは遺贈(法人に対するもの及び個人に対する包括遺贈のうち限定承認に係るものに限る。)
二 著しく低い価額の対価として政令で定める額による譲渡(法人に対するものに限る。)
2 居住者が前項に規定する資産を個人に対し同項第二号に規定する対価の額により譲渡した場合において、当該対価の額が当該資産の譲渡に係る山林所得の金額、譲渡所得の金額又は雑所得の金額の計算上控除する必要経費又は取得費及び譲渡に要した費用の額の合計額に満たないときは、その不足額は、その山林所得の金額、譲渡所得の金額又は雑所得の金額の計算上、なかったものとみなす。
■所得税法60条《贈与等により取得した資産の取得費等》
居住者が次に掲げる事由により取得した前条第一項に規定する資産を譲渡した場合における事業所得の金額、山林所得の金額、譲渡所得の金額又は雑所得の金額の計算については、その者が引き続きこれを所有していたものとみなす。
一 贈与、相続(限定承認に係るものを除く。)又は遺贈(包括遺贈のうち限定承認に係るものを除く。)
二 前条第二項の規定に該当する譲渡
2 居住者が前条第一項第一号に掲げる相続又は遺贈により取得した資産を譲渡した場合における事業所得の金額、山林所得の金額、譲渡所得の金額又は雑所得の金額の計算については、その者が当該資産をその取得の時における価額に相当する金額により取得したものとみなす。
■法人に対する遺贈では…
法人に対する特定遺贈は無償の資産の移転であるが、遺贈者が譲渡したものとみなされ遺贈者(被相続人)に譲渡所得が発生する(所法59①)。負担付遺贈は負担部分が対価となる(所法33)。遺贈や負担付遺贈は被相続人に帰属する譲渡所得であるから、被相続人の生活の本拠である自宅を売却したときは居住用資産の譲渡の特別控除を適用できる可能性がある(措法35)が、遺言による換価分割は相続人がいったん遺産を取得して売却するので取扱いが異なることに注意が必要である。