相続債務(債務控除)

相続債務(債務控除)

相続又は遺贈により財産を取得した相続人のうち債務控除が認められるのは、相続人と包括受遺者に限られ、控除できる債務はその者の負担に属する部分であり、かつ、確実と認められるものに限られる(相法13、14)。

また、控除すべき債務等の範囲は、無制限納税義務者(居住無制限納税義務者と非居住無制限納税義務者)である場合、制限納税義務者である場合、特定納税義務者である場合によって異なる。

債務控除が認められるのは相続人と包括受遺者に限られるので、特定遺贈に負担が付されていても債務控除はできないが、受遺者の課税価格の計算において、遺贈により取得した財産の合計額から負担の金額を控除することができる(相基通11の2-7)。

無制限納税義務者については、相続又は遺贈により取得した財産及びその者が相続時精算課税の適用を受けている相続人の場合は相続時精算課税の適用を受ける財産の合計額から債務控除を行う(相法21の15②)。

無制限納税義務者の債務控除

無制限納税義務者が控除できる債務は、被相続人の債務で相続開始の際に現に在するもの(公租公課を含む。)のうち、その者の負担に属する部分の金額及び被相続人に係る葬式費用の金額のうち、その者の負担に属する部分の金額である(相法13①)。

民法885条は、「相続財産に関する費用は相続財産の中から支弁すること」と規定している。同条のいう相続財産に関する費用とは、相続開始から遺産分割により共有状態が解消されるまでの間に相続財産に生ずる固定資産税、地代、賃料、水道料金などの公共料金及び火災保険並びに相続財産の換価、弁済及び精算などに係る費用をいう(東地判昭61・1・28)。これらの費用は相続開始後に発生するものであるから被相続人の債務でもなく相続の際に現に在する債務でもないから債務控除できる債務にはあたらない(相法13、相基通13-2)。

遺言執行に関する費用も相続財産の中から支弁すべき費用であるが、被相続人の債務ではなく、葬式費用にもあたらないから債務控除の対象とはならない(同旨、東高裁昭52.9.29)。

また、被相続人の生存中に墓碑を買い入れた代金が未払であるような、非課税財産の取得、維持、管理のために生じた債務も控除されない(相法13③、相基通13-6)。

制限納税義務者の債務控除

制限納税義務者は、相続又は遺贈により取得した財産で相続税法施行地にあるもの及び相続時精算課税制度の適用を受ける財産の価額から相続税法13条2項に規定する債務で相続開始の際現に在する被相続人の債務のうち、各相続人の負担に属する部分の金額を各々の相続人が控除できる。制限納税義務者は相続税法施行地の財産だけが課税されるので、13条2項は、次のとおり、控除できる債務を課税される財産に関するものだけに限定している。

  1. 法施行地にある財産に係る租税公課(相基通13-7)
  2. 法施行地にある財産を目的とする留置権、特別の先取特権(1)、質権又は抵当権で担保される債務
  3. 1及び2に掲げる債務を除くほか、法施行地にある財産の取得、維持又は管理のために生じた債務
  4. 法施行地にある財産に関する贈与の義務
  5. 1から4までに掲げる債務を除くほか、被相続人が死亡の際法施行地に営業所又は事業所を有していた場合においては、営業所又は事業所に係る営業上又は事業上の債務(相基通13-8)

(1)民法306条の一般の先取特権は対象とならない。

相続又は遺贈により財産を取得しなかった相続時精算課税適用者(特定納税義務者)の債務控除

被相続人を特定贈与者として相続時精算課税の適用を受けていた特定受贈者が相続又は遺贈により財産を取得しなかった場合、その特定受贈者を特定納税義務者という。特定納税義務者の債務控除は、相続開始時の住所により次の区分となる。

  1. 相続開始時に相続税の法施行地に住所を有する特定納税義務者は、相続時精算課税の適用を受ける財産から相続税法13条1項に規定する債務、すなわち、「被相続人の債務で相続開始の際現存するもの(公租公課を含む。)のうち、その者の負担に属する部分の金額及び葬式費用のうちその者の負担に属する部分の金額」を控除する。
  2. 相続開始時点で相続税法の施行地に住所を有しない者は相続税法13条2項に規定する債務、すなわち課税される財産に関する債務だけを控除する(相法21の16①、相令5の4①)。

被相続人の所得税の修正申告にかかる本税と附帯税

相続開始後に、被相続人が行った確定申告に誤りがあり、相続人が修正申告を行ったときは、被相続人が納付すべき所得税、住民税は被相続人の債務として債務控除できる。過少申告加算税、死亡時までの延滞税等の付帯税も過少申告を行ったのが被相続人であるから債務控除できる。

被相続人が年の初めに確定申告書を提出せずに法定申告期限前に亡くなり、相続人が行った被相続人の準確定申告に誤りがあった場合には、所得税は債務控除できるが申告書を提出したのは相続人なので、無申告加算税、過少申告加算税及び延滞税等の附帯税は債務控除できない。

保証債務

保証債務については、原則として債務控除できないが相続開始時点において主たる債務者が資力を喪失し弁済不能の状態にあり、保証債務を履行しなければならない場合であり、かつ、主たる債務者に対する求償権の行使が不能である場合は、その不能部分について保証債務者の債務として控除することができる。他に保証人がいる場合は、他の保証人に求償可能な金額は控除できない(相基通14-3)。

「その者の負担に属する部分の金額」の意義

相続人及び包括受遺者が被相続人の債務をどのように承継するかについて、判例は、可分債務は相続開始と同時に相続分に応じ各相続人に帰属するとしている(東京高決昭37・4・13、福岡高決昭40.11.18)。しかし、このことは相続人間の協議で法定相続分と異なる遺産債務の引受を取り決めることを妨げるものではない。相続人間の協議は共同相続人間においては有効である。ただ、債務者との関係においては一種の免責的債務引受であるため、その同意なくしてこれを対抗できないだけである。債権者は、各相続人に対しその本来的相続分によって債権を行使してもよいし、分割協議を援用して債務引受をした相続人から支払を受けることも差し支えないとされる(2)。相続税の申告においては、相続人間の協議は有効であるとの考え方から、債務控除できる金額は「その者の負担に属する部分の金額」であり、相続又は遺贈(包括遺贈及び被相続人からの相続人に対する遺贈に限る。)によって財産を取得した者が「実際に負担する金額」をいうとされている(相基通13-3)。

(2)『親族法相続法講義案(六訂再訂版)』p.280。

各相続人及び包括受遺者について、各々実際に負担する金額が確定していないときの考え方は二通りある。一つは相続債務を単純に法定相続分で按分する方法である。遺言により相続分の指定が行われているときは指定された相続分で按分する。いま一つの方法は相続開始時点の遺産に特別受益を加算して民法上の「みなし相続財産」を計算した後、みなし相続財産を法定相続分で按分した金額から特別受益を受けている者は特別受益を控除した金額を各相続人や包括受遺者の具体的相続分とする方法である(図表Ⅲ-7、Ⅲ-8参照)。

図表Ⅲ-7 民法上の「みなし相続財産」の計算式

民法上の「みなし相続財産」の計算式
民法上の「みなし相続財産」の計算式

(注)ここでいう「みなし相続財産とは」民法上のみなし相続財産をいい、被相続人が相続開始の時において所有していた財産に特別受益の額を加算したものである(民法903①)。

図表Ⅲ-8 相続人ごとの具体的相続分と負担額

相続人ごとの具体的相続分の計算
相続人ごとの具体的相続分の計算

図表Ⅲ-8を見ると分かるように、特別受益者は特別受益を控除した後の金額が相続開始時点の遺産に対する取得額となるので、法定相続分による按分額よりも取得額が少なくなる(図表Ⅲ-9参照)。この結果、特別受益を考慮した割合で相続債務を按分すると、特別受益者の負担割合は特別受益を受けていない相続人に比べ少なくなる。生前に贈与を受けている方が債務の負担割合が軽くなる結果となり、相続人間に著しい不公平を生ずることとなる可能性がある。

図表Ⅲ-9 各相続人・包括受遺者の負担割合と負担額

各相続人・包括受遺者の負担割合と負担額
各相続人・包括受遺者の負担割合と負担額

相続税法は55条で未分割の財産については特別受益を考慮した按分方法をとるべき事を定めているが、相続債務については何ら規定を置いていない。

民法上、特別受益者がいるときに民法903条を適用して共同相続人間の債務の内部負担の割合を算定するのか、それとも903条の関係は度外視して、債務負担の割合を算出すべきかにつき争いがある。贈与、遺贈その他相続財産分配の全てを含む各自の取得した相続利益の額に応じた割合で債務を分担する方が受けた利益の割合と負担する債務の割合が一致するので相続人相互間では公平であるが、相続債権者との関係では、903条を考慮すると特別受益者の負担する割合が少なくなり相続人間に不公平が生ずることなどを理由に後説によるべきだとする見解が有力である(3)

(3)『親族法相続法講義案(六訂再訂版)』p.252。

国税通則法5条2項は相続人が二人以上あるときは、各相続人が承継する国税の額は民法900条から902条までの規定による相続分により按分して計算した額と規定し後説を採用している。国税庁の相続債務に関する解釈も後説に依っている(相基通13-3)。

未分割で申告するときに、財産については特別受益を考慮した金額として相続税法55条により計算し、債務については単純に法定相続分(相続分の指定があるときはその割合)で算出することになる。財産と債務の按分計算が異なるので、多額の特別受益を得ている受益者は、相続税法55条の取得割合による按分財産が少額又は零となることがあり、法定相続分で単純に按分した相続債務の全額を控除しきれない結果となる可能性もある。そこで、国税庁は、相続人又は包括受遺者が未分割で申告するときに限り、特別受益者の控除しきれない相続債務を他の相続人から控除することを認めている(相基通13-3ただし書き)。

ただ、このような取扱いに問題がないわけではない。相続税法55条は未分割遺産に対する申告を行った後に分割協議が調った場合、(相続税の総額はすでに納付されているので)税額が減少する相続人が更正の請求を行うか、又これを受け増加する相続人が修正申告を行うかは納税者の選択に委ねている。法定申告期限までに相続財産・債務につき分割が行われた場合には、債務控除できるのは実際に負担する債務である。債務が取得財産を上回る相続人があっても、その相続人の取得財産から控除しきれない債務を他の相続人から控除することはできないので、修正申告や更正の請求を行わなければ債務全額を控除できるが、修正申告を行うと控除できない債務が発生することとなる。

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